注意事項

※素人の戯言なので観賞本数増えるごとに点数は微調しています。悪しからず。
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2015年2月4日水曜日

映画『LUCY/ルーシー』67点


劇場で観たかったけど、DVDにて観賞。

『レオン』以降、少し映画が好きな人であればだれもが

「この人絶対才能あるんだけどな…おかしいな…」
的な監督ランキング圧倒的上位に食い込むリュック・ベッソン先生。


今回も『マラヴィータ』同様、きっとダメなんだろう…
予告動画は面白そうだけど…


なんて、なぜか少しすね気味で観賞スタート。


設定としては、「人間の脳は、10%しか機能していない」
っていう大命題がまずあって、

スカヨハちゃん演じるルーシーが、わけのわからん状況に巻き込まれ、
10%を100%まで機能させる薬を体内に吸収したことによって
とんでもない人間に変貌して、
「おっす!おら悟空!」並みの強さを手に入れ、大爆発!
最強感の割にはちょっと太くない?って感じが逆に良い















って映画。


感想の結論から言うと、個人的には

「リュック・ベッソンって(良い意味で)超バカじゃん!」

「超バカ」って感想は、ネットで少し検索すれば出てくる
この映画に対する賛否両論の否にも当てはまる部分はあるんだけど
きっと彼の脳みそを総結集させると、こういう映画が出来上がるというか、
こういう映画を作りたいんだなと。
こんな風に他人の携帯電話の会話を聞き取ることが出来ます
そこに「なぜ」という解説はゼロっていう逆の爽快感














レオン的な哀愁漂うハードボイルドではなく、
こういうハチャメチャな、ある意味コメディにすら見える
アクションムービーを作りたいんだなと。
だからこの映画を見終わって、ある意味
「これぞリュックベッソン!」って映画なんじゃないかこれは!
と思い始めてもおかしくないくらい突き抜けた作品になっている。
こんな風に人を浮かせることも出来ます
そこに説明は一切ありません












とはいえ、『taxi』シリーズで腕を磨いた
カーチェイスシーンは、やっぱり世界最高レベルと言っても
過言ではない緊迫感と迫力だし、
スカヨハちゃんの何とも言えないキックアス感も良い味出してた。


でも一番笑えたのは、いや、面白かったというべきか、
「人間の脳は、10%しか機能していない」っていう
この映画の根幹となるテーマへの学術的アプローチ。

モーガンフリーマンがそれに関する権威的な学者を演じてるんだけど、
大学で講演するシーン「冒頭」あたりは、















「ほうほう、なるほど。人間より脳を使ってるのは唯一イルカなのね…」

と、観ているものを「それなりに」世界観に引き込む説得力を持つ
展開を見せつけてくるのだけれど、その展開は早々に挫折する。

挫折してないのかもしれないけど、途中からなんかめちゃくちゃになる。
突っ込みどころ多すぎて、芸人ですら突っ込みを放棄したくなるほど
破天荒な展開に、疑問に思う俺がバカなのか?と思うほどベッソンは突き進む。


そこで思うのは、
リュックベッソンがバカなのか、それともリュックベッソン的には
「そんなの関係ねー!」というスタンスなのか?


最近見た『インター・ステラー』の、正解がどうか全くわからないけど、
とりあえず最新学説盛り込みまくってます!どや!に
結局負けて、何となく分かった気になって観賞続行!みたいな世界観には
到底及ばない説得力の無さ、設定の無茶苦茶度合がずば抜けている。
で、設定や脚本って言うのはそこまで行ききると、
もはや面白くなるわけだけど、
その面白さの方向が向かう先はコントにしか見えない。


賛否の「否」を言う人たちは、きっとこのコントブロックへの嫌悪感だろう。
だって全く支離滅裂で納得感ゼロだから。


でも個人的にはリュックベッソン好き勝手やってるなー感を
思う存分感じられて、逆に好感を持てた。


だから実際映画の完成度とか脚本の綿密さとか言い出すと
50点くらいの作品なんだろうけど、
個人的にはリュックベッソンってホントバカだな!最高だわ!
89分って言う尺も最高!
でももっと短く出来るよベッソン!あの後半の人類の起源的なCGいるの?

って結局最後まで突っ込み所満載のベッソンはちゃめちゃ映画は意外と面白いぜ!
って意味でこの点数に落ち着きました。



2014年4月28日月曜日

映画『アナと雪の女王』60点



2014年4月27日観賞。


ディズニー映画って映画館で観ることほとんどなかったけど、
これだけ大ヒットしてたら観なきゃってことで字幕版を観賞。


伊集院光氏が「毒にも薬にもならない映画」と評して
賛否両論渦巻いていたけども、
個人的には、その表現に大きく頷ける。


圧倒的にいい映画でも無いし、圧倒的にダメな映画でも無いし、
かといって「超大ヒット映画」というハードルを、
しっかりと越えてきたわけでもないし、全く越えられなかったわけでも無い。
良くも悪くも無い。

というか、そもそもこの類いの映画には否定する要素が見当たらない。
そりゃそうだ、夢と希望のディズニー映画なんだから。


ってことでやっぱり「毒にも薬にもならない」は、正しい表現。


この映画を大絶賛する人も信じられないけど、
完全否定する人も信じられない、そんな映画。


とはいえ、評判通り歌は素晴らしかったし、
思わず帰宅してからサントラを何曲かダウンロードしてしまったけど、


個人的なこの映画のハイライトはそこではない。














むかつく王子を正面からストレートパンチでぶん殴るという
ディズニー史上最もパワフルなヒロイン主人公の誕生は、
まさに現代社会における女性のあり方を物語っていて、
主題歌よりも圧倒的に印象的だった。


そしてただ一つだけ批判に近いことを申し上げるならば、
公式HPにもある~「真実の愛」を描いた~は納得いかない。

真実の愛は『ブルーバレンタイン』のように残酷なのだ。

2014年4月24日木曜日

映画『LIFE!』60点


2014年4月23日観賞。



「この映画の主役は、あなたです」

というキャッチコピーのこの映画。


出版社に勤める妄想癖のある冴えない主人公サラリーマンが
表紙を飾るはずのネガを無くしてしまい大ピンチに。
ネガを探すため、写真家のショーンを探す旅に出るというお話。


要するに、「普通の男」が勇気を出して一歩踏み出し、
その勇気によって充実した人生を送ることが出来るという話。


という啓発系のポジティブ映画であることから、わりと評判も高く、
期待してみてみたけど、個人的にはあまりハマりませんでした。


もちろんストーリーそのものは特に否定する要素はない良い話だし、
映像も綺麗だし、音楽も非常にマッチしていて悪い映画とは思わない。










だけど逆に言ってしまえば、それだけ。


「それだけ」っていうのはつまり、主人公に特に感情移入が出来なかった。
僕はこの映画の主役には、なれなかったわけだ。


なぜなれなかったのか少し考えてみたんだけど、
偏重気味のフィクション的な見方になってしまうが、
この映画の主人公が最初から特に不幸に見えなかったからだと思う。


フィクションの定石として、
徹底的に不幸で、ダメで、周囲からもののしられたり、
追い込まれたりする主人公が、何かをキッカケにして激変して、
馬鹿にしてきた奴らをなぎ倒していくという構成がある。


人間っていうのは単純で、この定石を様々な物語に置き換えた
フィクションにカタルシスを覚えるわけだが、
この映画は、そのカタルシスが緩い。というか弱い。


さほど不幸では無い「普通」の男(そもそも普通って何?って話だけど)が、
勇気を出して冒険に行くと、急にスーパーマン的に事が進んでいく。

この「普通」から「スーパーマン」への振り幅が
大きければ大きいほど人は興奮したり、よし!いいぞ!やってやれ!
と感情移入すると思うんだけど、この映画にはその半沢直樹的要素が無い。


だから僕は劇場で終始、
「そこそこ美しい絵画を何枚か観ている」程度の感情起伏しか起きなかった。

「そんな自分は素直じゃないんですかね?」なんて自問自答しながら。





2014年2月22日土曜日

映画『エージェント・ライアン』60点



2013年2月18日観賞。


観なくても話の展開が読める安定の佳作映画。
このブログで言うと70点を超えることが無いだろうな
と思いながらチケットを買って観賞スタート。

そんなことを分かっていてもたまに観たくなる。
そういう種類の映画って、それはそれで楽しい。


ただ、期待感としてはボーンシリーズに通じる
スリルとサスペンス感だったんだけど、
そういう意味では少し物足りなかった。


『24 -TWENTY FOUR』にしても、ボーンシリーズにしても
スパイアクション系の主役にありがちなのが、「圧倒的孤独」だ。

大統領に直電出来るジャックバウワー

ジャックより機敏なジェイソンボーン































ジャックもボーンも圧倒的孤独で彼らは全てを失っている。
だからこそ無謀とも思えるテロに立ち向かう彼らの目は
どこかもの悲しく、テロリストを圧倒的な強さで制圧したところで
彼らは決して笑ったりしない。

でもだからこそ観賞者側は応援しやすくなったりするんだけど、
今回のエージェント・ライアンは、その点で常識外。


『スタートレック』を始め、
のりにのってるクリス・パイン演じるライアンは全く孤独では無い。
嫁さんは美人過ぎるキーラ・ナイトレイだし、















彼にはしっかり守るものがあるのだ。

もちろんアフガン戦争で重傷を負ったとか、
CIAであることを嫁さんに伝えられない葛藤あるある的な
闇は背負っているんだけど、その闇は深くない。

事件に巻き込まれてあっさり嫁さんにCIAってことばらしちゃうし、
何なら嫁さんは超出来る女でスパイに協力して大活躍。

とにかく終始このシリーズは前向きな印象のまま
テロリストに対峙して、事件を解決に導いていく。

敵はもう少し強くあって欲しかったけど、
そういう意味ではスパイアクションとしては斬新な作りだった。


でもそうなると当然こういう映画に必要な
スリルとサスペンスは物足りなく感じるわけで。
DVD観賞で良かったかもしれません。


そんな消化不良状態なので、余談ですが、
綺麗な嫁さん役のキーラナイトレイは個人的に好きな女優の一人で、
トニースコットとコンビを組んだ『ドミノ』はお気に入り作品です。





















カット割り細かすぎ、編集がオシャレすぎで、
画面に酔いそうになるけどそんなの関係ない。
画面転換と場面転換が激しすぎて脚本がざるに見えるし、
ストーリー入ってこないけどそんなの関係ない。
キーラ・ナイトレイは最高にクール。













映像に携わる人間として、この映画は人生に残る映画になりました。

というわけで、この映画のDVD片手に
編集に臨むことを欲したくなった僕は迷わずAmazonで1クリック。
PR編集などに役立たせるべく、勉強させて頂きます。

改めてトニースコット師匠に合掌。

2014年1月4日土曜日

映画『セレステ∞ジェシー』67点


正月休みにDVDで観賞。

知人から『500日のサマー』が好きなら是非観て下さい
と言われてTSUTAYAで借りてきた。


まず、公式HPにはこんな文句が書かれている。


全米の女性から圧倒的な共感を呼び、
わずか4館の限定公開から586館までの拡大公開を成し遂げた、
新たなるラブストーリーの傑作!!


早くも若干の胡散臭さを感じるキャッチに戸惑いながら、
観賞をスタートしてみる。


なるほど確かに、
『500日のサマー』が男目線で描いた恋愛映画ならば、

この映画は始まりから終わりまで女目線で描かれいる。

粗筋はこうだ。

学生時代に恋に落ち、そのまま結婚したセレステとジェシーは、
誰もがうらやむ理想的なカップルだった。
しかし、セレステの提案で「永遠に親友でいられるように」と30歳を機に離婚する。
離婚後も隣同士の家で毎日顔をあわせ、親友関係を満喫していた2人だったが、
ある出来事がきっかけで毎日会うことができなくなってしまう。
そうなって初めて、セレステはジェシーの存在の大きさに気がつくが……。


主人公のセレステはバリバリのキャリアウーマンで、
絵描きであるがイマイチパットしない草食系ジェシーを
可愛がりながらも男として、いち人間として若干下に見ている。

直接的に言葉ではそんな感情は描かれていないが、
彼らの関係性(日常会話など)からその位置関係はすぐにわかる。













この二人、離婚が決まっているのにとにかく仲が良い。
あり得ないくらいに仲が良い。













あんたたち離婚するよ!?
そんなに仲良くして頭おかしいじゃない!?


みたいなことを親友に言われる始末。


そう言われた二人は、


なぜ?僕らは別れても親友だからだよ。
嫌いになっているわけじゃないしね。














みたいなことを平然と言ってのける。


だが、映画とはいえ、こんな関係は絶対にあり得なくて、
これ程までに仲が良い場合の男女は、ほとんどの確率で
男女のどちらかが「我慢」していて、
多少なりともの「恋愛感情」が存在している。


この場合は男側(ジェシー)に、その感情が見て取れる。
だから、女側(セレステ)には感情的に余裕がある。

その感情的余裕をさらに余裕たらしめているのが
先述したセレステのジェシーに対する優位性だ。


だが、この関係性はいとも簡単に崩壊してしまう。
ある日、酒の力で二人は夜を共にしてしまうのだ。











翌朝、ジェシーはやはり単純バカな男なわけで嬉しそうに
愛し合ったことを確認するが、
酒が抜けてしまえば優位性の皮を被ったままのセレステは
「過ちだった」の一点張りでジェシーを神目線で拒否。


そしてそれに切れたジェシーは、やはりここも単純バカな男で
出て行ってしまい、音信不通。


男というのはこんなふうに「うまくいった」と思った性を否定されると
自分全否定されたぜ!最悪だぜ!みたいになって
一気に感情が冷めてしまうという性質が無くも無い。


そして優位性を保っていたはずが、
突き放される立場になり、急激に焦り始めるセレステ。


これ以上詳細書くとネタバレになるので避けるが、
ここからはものすごいスピードで男女の関係性が一変する。


上から目線で、どこかジェシーを見下していた
自分の傲慢さを後悔し始めるセレステ。

だが時既に遅し!

みたいな話なんだが、どうも『500日のサマー』ほどの爽快感がない。


それはなぜなのか?


決して悪い映画だとは思わないのだが、
そもそも論でいえば、全体に渡って
自分の経験をもとに脚本&主演ってのがやはりどうもきな臭くて、

男に対して上から目線で草食系男子に立場逆転された私…

あの時ちゃんと謝ってれば…
彼をバカにせずに正面から向き合ってれば…

みたいな反省してるふりして、

「その反省してる私ステキ」感が拭えないのだ。


反省してる自分すらキラキラ女子に仕立てあげて
結果的に再び男を見下してない?

って思ってしまう僕はひねくれクソ野郎でしょうか。

この映画を大絶賛する女の子に出会ったら
少し警戒感を持つと決めた僕はひねくれクソ野郎でしょうか。



まぁトータルの感想はそんな感じで、
そういう意味で『ブルーバレンタイン』の方が
よりリアルに、かつ男女の目線をフラットに描けている点で好きです。


さらに言えば、
女子の支持率が圧倒的な映画ってあるけど、

この映画絶賛する女子は、
主人公のような負け方をしたことがあると捉えてよろしいでしょうか?


2013年11月22日金曜日

映画『マラヴィータ』63点


2013年11月16日鑑賞。


スコセッシ×リュック・ベッソンということで、
必然的に鑑賞前のハードルは上がるわけだが。


結果から先に言えば、そのハードルを超えることは出来ず。


リュック・ベッソンと言えば、やはりテンポの良い編集と音楽、
そして何よりも迫力のある銃撃シーン、アクションシーンだが、
今回はそこに至るまでの「フリ」が長すぎる。
















その「フリ」というのは、
「訳あり」家族4人のキャラ紹介なんだけど、
ここが何というか中途半端なのだ。


破天荒すぎる母親がむかついたスーパーを爆破させたり、











なめきったナンパをしてきた男子同級生を
テニスラケットでボコボコにしたり、
















笑えるシーンはあるにはあるんだが、
そんなキャラの濃い家族をより際立たせて
ブラックコメディに振りきれば良いのに、
どうも行ききらずに、ただただダラダラと時が流れる。


かといってそれが
レオンほど深みのある哀愁を醸し出すわけでも無い。


というわけで、ここまで前振り長くしたってことは
さぞかし最後の戦闘シーンは凄いんだよね?

というハードルは上がりに上がり切って最終局面へ。


ところがどうだ。

一番カタルシスを感じたいドンパチシーンが
あれ?もう終わり?もうちょっと見せてよ!

拍子抜けする程あっさりし過ぎていた。
リュックベッソンはもう終わったしまったのだろうか・・・
なんだか悲しくなりました。

2013年10月4日金曜日

映画『エリジウム』63点


2013年9月30日鑑賞。


地球に難民としてやってきたエイリアンを
『第9地区』に隔離して管理する人類















という奇想天外な、もはやコントに近い(上画像がすでにコント)発想を、
長編映画デビュー作で見事映像化したニール・ブロムカンプ監督。


その第2作目と言うことで、それはもうそれなりに、
「あの世界観」「あの奇妙さ」みたいなものを
期待して鑑賞を開始したわけだ。


だがどうだろう。


いや、そもそもこの映画。

2154年-永遠の命が手に入る理想郷“エリジウム”に住む富裕層と、
荒廃した地球に住む貧困層とに二極化していた。
全人類の平和な未来を求め、悲しくも壮絶な戦いが始まる・・。

この設定からして、
ブロムカンプ師匠特有の「奇妙さ」「奇想天外さ」の
臭いは微塵として感じられないでは無いか。


この文字面から誰しも簡単に想像出来るのは、
「ハリウッド的お決まり勧善懲悪」

観る前からわかってるぜ!
それでも気持ちいいから単純な俺らは観ちゃうぜ!

という種類の映画である。


だけどもだけど、思い出して欲しい。
この作品の監督は「あの第9地区」を作り上げた
ブロムカンプ師匠なのだ。

そんな「お決まり」の「勧善懲悪」に見せつつ、
きっと何か「奇想天外な」要素をぶち込んでくるに違いない。

そんな期待感を抱いての鑑賞開始という
書き出しに話を戻そう。


だが、どうだろう。
そのあらすじから醸し出されていた懸念は見事的中し、
拍子抜けする程「通常のハリウッド娯楽作品」だった。

いや、決してつまらなくはない。
それに随所でブロムカンプの意地というか、
いや、意地と言うほどの情熱は感じなかったが、

意思を持ったロボットや、











超アナログにバットマン化したマッド・デイモンなど

















彼の味みたいなものは感じられたのは確かだ。

いや、でもやっぱり本編全体を通して
拍子抜けする程「通常のハリウッド娯楽作品」なのだ。

第9地区の監督だと思いながら見始めてしまえば何の面白みは無い。

ではなぜ彼はそんな作品を?
才能の枯渇?

いや、そんなはずが無い。

通常の娯楽作品とは言え、
一つの作品としては、突っ込み所は多少あるものの、
しっかりまとまっているし、アクションやCGも
及第点というレベルにまとめあげていることは確かだ。

というわけで、
クロムカンプはきっと、この作品で「通常のハリウッド映画」も
作れることを「ハリウッド」に証明し、
しっかりと「通常のハリウッド映画」を好む客層を獲得し、
小銭を稼ぎ、「ハリウッド」から信用を得て、
それを元手にまた「あの第9地区」のような、
独創的な作品を作る準備のための作品なんでしょう。

そう思えば、期待を裏切られてしまったという感情も
押さえることが出来る、そんな助走的作品と言うことでいかがでしょうか。

2013年9月6日金曜日

映画『マン・オブ・スティール』65点


2013年9月1日鑑賞。

スーパーマンシリーズは一度も見たことが無いけど、
『ウォッチメン』のザック・スナイダーと、
ノーランが組んだのだから面白くないはずが無い、ということで鑑賞。


何よりもまず、そもそもスーパーマンの設定に驚いた。
スーパーマンってこんな宇宙人的な話なんだって。

どこか我らの青春漫画の大傑作『ドラゴンボール』における
サイヤ人的な発想に近い懐かしさを感じるクリプトン人。


そして、体から破壊光線を出したり、













とんでもないスピードで自由自在に空を飛んだり、











誰もが少年時代に夢見たことを、スーパーマンは実現してくれている。


この「男のロマン」的な観点で言えば、先日鑑賞した『パシフィック・リム』は、
非常に満足感の高い映画であったが、
そこで感じた「もっとバトルシーンを!」という少なからぬ不足感を
大いに補うに足る戦闘シーンがこの映画には盛り込まれている。


というか、むしろ、逆に、お腹いっぱいだよ!もういいよ!


というレベルで、


お前、もはや地球救ってないよ!
お前の星で解決すべき痴話げんかのせいでマンハッタンぼろぼろだよ!


というように、『パシフィック・リム』で感じたような、
糞カイジュウを倒すカタルシス的快感は、
映画後半からバトルシーンの満腹感で少しずつ相殺されていく。


スーパーマンファンにとっては当たり前なのであろう
ビル3つ分くらい貫通するレベルの衝撃でぶっ飛ばされても
傷一つ出来ないスーパーマンのスーパーな肉体!
もやは孫悟空以上の強さ!


そんな異常とも言える強さは、
悪い奴らと闘っているのを観ていて、最初はよし頑張れ!なんて
応援目線で観ていたが、徐々にその強さが逆に感情移入を削ぐ
強すぎる強さに変わり始めてしまう。


そんな風に感情移入を削がれ続けた結果、


あれ?こいつって確か今後バッドマンとの共演決まってるんだよな?
いや、全く強さの次元違うでしょ。
バットマンってほぼ生身の人間だよ?
スーパーマンが闘うレベルの敵とか出てきたら瞬殺でしょ。
ヤムチャが魔神ブウに挑む的な圧倒的な無謀感しかないでしょ。
それって映画として成立しなく無い?


みたいな、バッドマン配役決定早々に叩かれまくるベンアフレック先輩を
さらに案じてしまうという、もはや本筋には一切関係ない想像が
鑑賞中に駆け巡るという始末。


それに拍車をかけてしまっているのが、
スーパーマンがなぜ地球人を選んだのか、
なぜ人間愛溢れる超人になり得たのか、
そこがわからないから、ただマンハッタンぶっ壊しまくって
結果人間何人死んでるの?みたいなことが気になってしまう。
彼が闘うことに感情移入できない。
『パシフィック・リム』の時のように「カイジュウをやっちまえ!」という
少年時代を思い出し手に汗握ることは全く出来ない。


ケビンコスナーという超一流俳優をお父さん役に選びながら、
















その親子愛、家族愛を今ひとつ深遠に描き切れていない、
なぜ地球人のケビンコスナーは、
サイヤ人的な宇宙船で降り注いだ主人公を育て上げたのか。
そこにどんな苦労があったのか。
その苦労故にスーパーマンは地球を守る決心をしたのか。

ここらへんが壮絶超絶CGバトルシーンに割いた尺の差し引きで
ごっそり描かれていないこと、それがこの映画のもう一歩感を創出している。


でもこの映画におけるCG技術、戦闘シーンの迫力は尋常では無い。
それだけでも観る価値があるといっても過言ではない。
でも逆に言えばそれだけの映画かもしれない。

2013年8月30日金曜日

映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』60点


2013年8月30日鑑賞。

TOHOシネマズ六本木で3D鑑賞。



まず失敗だったのが、前作の『スター・トレック』を事前に復習しなかったこと。
2年前くらいにDVDで観たんだけど、ほとんどストーリーは覚えていないし、
主人公の仲間にドラマHEROESで敵役だった人が出てるなくらいの印象。

















その程度で鑑賞に臨んだものだから、序盤30分くらいまで
映画の世界観に全く入り込めず。

こういうシリーズリメイク、かつSFものって、
まずその世界観が好きであることの必要最低条件である気がする。

ってことで「スタトレ」と略すことにすら抵抗がある僕は、
終始どこにも感情移入できず、のめり込めず、
「あ~CGすごいな」みたいなクソみたいな感想しか得られず鑑賞を終えた。


そもそも、スタトレ好きじゃないやつが観るな!
みたいな映画なのかもしれないが、そこはちょっと待った。
一個人のしがないブログなのであるわけだから勝手に批評してみよう。


まず、監督のJ・J・エイブラムスという男はその天才的想像力が故に、














「自分の発想がドラマや映画のキャパを超えてしまう」


という、その才能を生かし切れないとても悪い癖があるように思う。


全て彼の作品を観たわけでは無いので、断定してしまうのは危険かもしれないが、
その代表例として上げられるのが、テレビドラマの『LOST』・『FRINGE』だ。

全てのシーズンを鑑賞したが、
間違いなくこの2作のベストパフォーマンスはシーズン1だ。


LOSTに至ってはシーズン6まであるくせに、
エイブライムスが仕込もうとした謎が謎を呼びすぎて、
最終的に全く回収しきれずに終わるという何とも消化不良な結末だ。

シーズン1の半分くらいまでは抜群に面白い。
その設定、脚本、謎が謎を呼ぶ展開、
これらは「24中毒」並みの中毒性を引き起こすものであったが、
エイブライムスの天才的発想力のせいか、
あまりにも多くの謎や仕掛けを作りすぎて、
途中からもはや何が謎で何が解決できているか分からなくなる始末。














(議論を呼んだLOSTのラストシーン。僕は理解不能でした。)




視聴者は謎かけさせられすぎて、整理できないまま観るから、
もはや何シーズンもまたいで登場するメインキャスト達の「生死」にしか
スリルを味わえなくなっていく。


FRINGEはその悪い癖がさらに早い段階から現れてしまい、
1話完結というLOSTにはないスタイリッシュなパッケージ感が
とても良かったのに、シーズン1終盤で、
「あっちの世界、こっちの世界」みたいな急激なオカルトSF感満載になり、
LOST顔負けの行ったり来たりごっこが始まってしまう。


きっと彼は自分の想像力が豊かすぎるが故に、
下手したら秒単位でやりたいことが浮かんできてしまって、
そのスピードや発想力にドラマ尺、映画尺がついていけないのではないか。


そんな勝手な個人的危惧は今回のスタトレでも思う存分に発揮されていて、
絶望的なほどに強かった今回の敵役(話題のカンバ-バッチが演じた)は、

















これからが本当の実力発揮なんだろうなと思わせた
地球上陸したとたんに驚くほど弱体化してしまい、
負けるはずが無かった肉弾戦で、
















主人公の敵を討つべく燃える耳がとんがった親友に負けてしまう。

(ついでに言えば、一度死んだ主人公がドラゴンボール並みの苦労も無く、
 あっさりと生き返ってしまうのも気にくわなかった)


え?ウソでしょ?あんなに強かったのに?
地球侵略する所こそ見せ場じゃ無かったの?

PR動画にもあるような地球にデカすぎる宇宙船が
ど派手に突っ込んで高層ビルが無残に破壊される画を
撮りたかっただけなんじゃ無いの?













そうとしか思えないくらい、あっという間に終わる。


それもこれも含めて、
主人公と耳とんがった親友との不自然に熱すぎる男の友情劇も、
「スタトレファン」であれば、たまらない世界観であり、
充分に楽しめる内容なのかもしれないが、
僕は残念ながらファンでは無いので、
至極まっとうな佳作作品としか観れませんでした。




2013年8月24日土曜日

映画『ホワイトハウス・ダウン』68点



2013年8月24日鑑賞。

まず『エンドオブホワイトハウス』とのテーマとの類似性に
苦笑せざるを得ないが、それでも観に行ってしまうのはエメリッヒ監督への期待感から。


彼の代表作でもある『インデペンデンスデイ』は小学校の頃に
劇場まで足を運び、有名な大統領の演説シーンに痛く感動し、
「インデペンデンスデイ!」という名言を家に帰って何度もまねした記憶がある。
それくらい好きな映画だ。


さて、内容の方であるが、説明には及ばない。
『エンドオブホワイトハウス』と大きく違うのは、攻めてくる相手くらいか。
ホワイトハウスが攻撃されて、最終的に悪を滅ぼす。
そんな単純図式のエンターテイメント映画だ。


だけど、そんな単純図式だろうと何だろうと、面白かった。
個人的には『エンドオブホワイトハウス』より総合的に面白かった。

物語の尻すぼみ感は否めなかったけど、
エメリッヒの意地というか制作者としてのこだわり、粘り、みたいなものを随所で感じた。

時折織り込んでくるアメリカンジョークはその一つで、
エンターテイメントとしてこの映画を仕上げようとする監督の意図が
見え隠れしたが、劇場は心地よい笑い声で包まれていたし、
その意図は観客に伝わっていたのでは無いかと思う。


ホワイトハウス見学中に大統領に遭遇して、
携帯カメラ片手にインタビューしちゃう政治オタクの主人公の娘
















このシーンは良い。
「大統領!私のYouTube用にコメントちょうだい!」なんて言ったら
まさかの大統領OKで、カメラ目線でコメントしちゃうお茶目な大統領。
あり得るあり得ないのは無しはどうでも良くて、
この後の壮絶な戦いにさらされる大統領を手に汗握りながら応援したくなる
ちょうど良い、心地よい、フリになっている。


そのほかにも、随所でポップな小ネタは仕込まれているんだけども、
それは観てからのお楽しみの方が良いと思います。


そんな風に、この映画は「正義は勝つ!」という勧善懲悪カタルシスを
得られる上に、『エンドオブホワイトハウス』ほど残虐性やシリアスさはなく、
その分差し引いたエンタメ感を徹底して搭載し、
かつドキドキハラハラ感もそぎ落としてはいない夏休みにぴったりの作品だ。



ホワイトハウスの警備相変わらず弱すぎでしょ!

核兵器ってそんな簡単に発射できちゃうの?

一番大事なところで敵は誤爆で自爆みたいなことあり得る?


とか、突っ込み所は満載だけど、鑑賞後さほどその矛盾感が残らず、
あー面白かった!スッキリした!
観たあと何も残らない!


っていう爽快感が勝つので、良い映画としようでは無いか。



もう終わってしまった夏休みかもしれないが、
カップルで観るなら『ワールド・ワォーZ』と『ホワイトハウス・ダウン』、
この2作で間違いありませんね。



2013年8月18日日曜日

映画『ワールド・ウォーZ』67点



2013年8月18日鑑賞。


立派な「ゾンビ映画」にもかかわらず、
「ゾンビ」感を一切排除したPR作戦を展開していたことを知った上で
鑑賞していた身でも、


「おい、これ完全なゾンビ映画じゃねーか!」


と、無駄な抵抗を起こしたくなってしまうほどゾンビ映画。



だけども、ご安心下さい。
この「ゾンビ映画」は、あなたが想像する「ゾンビ映画」ではありません。
そもそもあなたの想像する「ゾンビ映画」って何なのって話だけども、
近年で言えば、ドーンオブザデットを始め、
映画では無いものの大ヒット中の「ウォーキングデッド」。
このあたりがいわゆる「ゾンビもの」なのではないか。


自分はそもそもゾンビものが好きでは無い。
これは好き嫌いの問題だから、あまり熱く書いても仕方ないのだが、
ゾンビ映画にはリアリティーが欠如しすぎている。
なんだよ、そんなのSFだってそうだろ、
てか、そんなの映画ほとんどに言えること!
と、おしかりを受けるのは分かるが、
気持ち悪い顔と体をしたぐちゃぐちゃの人間が
人間を襲い、バッタバッタと斬り殺されたり、銃で粉砕されたり…
特にそんな点に快楽を感じないのだ。
ただ単純に気持ち悪い。

「ウォーキングデット」が魅力的なのは、
そんなゾンビ映画の特色は残しつつ、
(しかもかなり強烈にグロテスクにゾンビをぶっ殺すシーンを描いている)
終末を迎えた絶望的な地球に生きる人間達の泥臭い、
醜い深層心理をこれでもかというくらいリアルに描ききっている点だ。


話がそれてしまったが、そういう意味で『ワールド・ワォーZ』は、
新しいゾンビ映画のジャンルを開拓したように思える。


この映画は「ゾンビ感」を徹底排除したPR作戦そのままに、
確かにゾンビは出てくるのだが、
その詳細はさほど描かれていない。

もちろん気持ち悪い顔して人間を襲うし、
あり得ないスピードで走るし、
噛まれた人間はまたゾンビ化するという
お決まりのゾンビなのだが…

ウォーキングデッドほど、
あからさまにゾンビをぐしゃぐしゃと斬り殺したり、
撃ち殺したり、腕を引きちぎったり、
顔にナイフをぶっ刺したりしないのだ。
つまり、ゾンビ映画にあり得るべき、グロテスクさはほとんどない。


あるのは不自然なほど最強の元国連職員ブラピパパの、圧巻の格好良さ、











そして、ゾンビ化する地球という絶望的な世界を、
ゾンビというフィクションの極みに頼りきらず、
あくまでも極限パニック映画として徹底して描ききる監督の職人技である。



どうせブラピが格好良く地球を救うんだろ?



観る前からおよそ99%の人間が
この映画の結論を予測できる作品にもかかわらず、
120分間ほぼ退屈すること無く、
なんならハラハラドキドキしっかりしながら、
ブラピ頼むよ!頑張れ!なんて手に汗握りながら観てしまう。


とくに大量ゾンビシリーズのCG技術は圧巻で、
終始この映画の絶望感を支えるにたる圧倒的迫力とリアリティー。
あと何年あれば日本のCGはこの技術に追いつくの?なんて
別の方向の絶望感すら味わえてしまう。


















という具合にエンタメゾンビ映画として完成されたこの作品ということで、
劇場内の客層は、ゾンビ映画好きよりも、
カップルや親子連れ、中高生男子集団など、
エンタメを求めてきたのであろうと思える階層が主となる。


3Dメガネをかけながら、カップルや友人とワーキャー言いながら、
手に汗軽く握って、2時間を過ごす夏休み映画としては最適の一本です。

ただやっぱり言えることは、この映画はブラピじゃないと成立しない。
彼の存在感と格好良さがあるからこそ120分間観れてしまうのだ。

2013年6月17日月曜日

映画『エンド・オブ・ホワイトハウス』60点



2013年6月17日鑑賞。

アメリカ最強!アメリカ万歳!の120分。
2時間の時間つぶしとしては問題ないレベル。


PR見ている限りは敵がどんなものなのかよくわかりませんでしたが、
ここまで北朝鮮を極悪非道に描いているとは…
ということは、なるほどだからPRでは「北朝鮮」というONが
一度も無かったのかと納得できる内容。


しかしここまで最弱かと思えるくらいホワイトハウスの警備は手薄で、
文字通りなすすべ無く殺されていくアメリカ人達。
だからこそ見る前から分かっているけど、最後まで一応見たくなる
正義が悪を倒すカタルシスは倍増するってことなんでしょうか。


この映画を見て本当のアメリカ人達はどういうリアクションというか、
感想を持つのか聞いてみたいです。
なぜなら、この映画におけるアメリカ最強!
の胡散臭さというか痛さが尋常ではないから。
日本人の僕にはそう思えてしまうから。


それでもやはり、アメリカンは鑑賞中、
熱狂という名の絶叫をしちゃうんでしょうか。

エンターテイメントとして見るのであれば、
ダイハードの方がはるかに気持ちが良いです。
ドッカンドッカン、どや!この爆薬の量!

そんなハリウッド的ドヤ顔の方が気持ちが良いです。
本当にそこにはきな臭い思想も何もないから。

2013年5月26日日曜日

映画『ジャッキー・コーガン』65点



優しく、そして美しく殺す殺し屋をブラピが演じる。

この作品は評価が難しい。

というのも、この作品をどう見るべきかという点において、
鑑賞する前にある程度の予備知識というか、
町山智浩氏がツイッターで書いていたような
「ここ数年のアメリカ経済=金融危機のメタファーである」
ことを認識してから鑑賞するのと、
そうでないのとでは得られる満足感と感想も変わってくる。


僕の場合は何も情報を入れずに鑑賞に臨んだので、
「殺し屋の話」という前情報だけで、
わりとドンパチやるハードボイルド系の映画への仕上がりを予想した。

それでもってテレビCMでの
「セブン・ファイトクラブを超える衝撃」なんていう、
今思うとフィンチャーに失礼極まりないぞ!感満載の
間違ったあおり文句のせいで、よりそのドンパチ感と
重厚感を予想しての鑑賞に臨んだわけだ。

ところがどうだ。
良くも悪くもそんな期待は全く裏切られ、
予想以上に映画は淡々と、そして静かに展開する。

町山氏の指摘通り、終始一貫して金融危機前後の
ブッシュ・オバマ大統領の演説シーンが盛り込まれていく。

ブラピのドンパチハードボイルドを期待した観客からすれば、
これは邪魔でしかなく、映画としてこの映画を見に来た観客からすれば、
社会風刺、政治性を持たせたいのか?その割には薄くね?
的な煮え切らない中途半端感は否めない演出。

だがそれでも、もはや熟練の域に達したブラピの格好良さ、
そして相変わらずの演技力、












これにさらに脇を固める俳優陣のアクの濃い演技力が絡み合い、











写真左のベン・メンデルソンは、アニマルキングダムでも
相当いい味出していた個性派俳優。



それだけでも十分見ることが出来るし、見る価値はあるし、
彼らの織りなすタランティーノ顔負けの会話劇も
おい、なげーよ!って思わなくもない箇所があったにはあったけど、
ウィットに富んだ言葉の応酬と、斬新なカメラワークで見ることが出来る。



だが、やっぱり結局良くも悪くもブラピ。
ただ単にタバコを吸って歩いているだけで様になるという
言葉だけでは収まりきらない、日本のイケメンと呼ばれている俳優達なんて
比べることすら値しない、貫禄の格好良さ。
それが軸となる映画であることは間違いない気がする。

というわけでブラピが出ていないと恐らく見ていないということで、
必然的にこんな点数にはなってしまう。

2013年5月25日土曜日

映画『L.A. ギャング ストーリー』68点



5月に見た映画だけど今更レビュー。
この映画は映画館で見るべきだ。
そして予想していたよりも痛快で、退屈せず見れた。

まずその理由として挙げられるのは、濃厚なキャスト陣。
ジョシュ・ブローリン、ライアン・ゴズリング、そしてショーン・ペン。
ある程度雑な脚本も許容できるメンツがそろっているのだ。

ストリーは単純。
実話を元にした映画で、ショーン・ペン演じる
LAを取り仕切る極悪非道なマフィアのボス(ミッキー・コーエン)、
そりゃもうホントに悪い、鬼畜の所行!と叫びたくなるくらい。

使えなくなった人間の上半身と下半身を
逆方向に進む2台の車に結びつけて、思いっきりアクセル踏んで、体
を真っ二つに引きちぎっちゃうくらい悪い。
そんなマフィアに業を煮やしたLA警察の逆襲!というお話。

まず、ショーン・ペン先輩の役作りが素晴らしい。




















ショーン・ペンってこんな悪い奴だったっけ?
って思わせるほど、まず顔からして極悪非道に作り上げられていた。
52歳とは思えない、ストイックな肉体改造も含め、
際だった存在感を醸し出していた。

そして、そんな彼がいるからこそ、「悪をぶちのめす正義(善)」という
誰もが単純に簡単に頼める勧善懲悪万歳!ストーリーにおける
善悪をより明確に区分けし、鑑賞者が余計なことを考えずに
「極悪非道なマフィアを倒すポリスメン」という視点だけで
楽に楽しめる状況を作り出してくれる。


細かいコト言えば、LA警察は無茶苦茶過ぎて笑えるほどで、
マフィアにかかわったやつらはどんな小さな市民でも
平気で警告無くぶん殴るし、射殺もいとわない。

「おまえら!出てこないと突入するぞ!」
って拡声器で警告しておいて、30秒くらい待って出てこなかったら
建物の前に立ってるギャングの手下に先制攻撃!
しかもその攻撃方法はマシンガン!躊躇無く射殺!

そんな警察いるわけ無いじゃん!という突っ込みすらタブーに感じるほど、
彼らは何の躊躇もなく、その引き金を引く。

コンプライアンス違反も甚だしい。
ジャックバウワーもビックリ。


だけど、この映画が素晴らしいのは、
鑑賞中そんな矛盾なんて考えずに見れるのだ。
ふぁっきんこんぷらいあんす!

それもこれもショーンペン先輩の圧倒的な演技力によって構成された
「悪」のこの上ない「悪」感。
それにつきるのだ。

ショーンペン先輩の悪が悪であればあるほど、
コンプライアンス違反甚だしいLA警察のはぐれもの達が
色々ありながらも結託し、ギャング達のアジトや資金源を
襲撃、爆破、射殺をしても、矛盾なんて何も感じない。











なんなら「そうだ!もっとやれ!やっちまえ!」と、
拳を上げて応援したくなるくらいだ。


だからこそ、鑑賞後は圧倒的な爽快感と、
今ハリウッドで乗りに乗るライアンゴズリングよりも、
ショーンペン先輩のインパクトが圧倒的に残る。

脚本が粗雑だとか言う批判があって、
あまり映画としては評価されていないみたいだけど、
僕は充分にエンターテイメントとして楽しめました。

尺もちょうど良いし、
2時間くらい時間が空いたときに観るにはちょうど良い映画。
ションペン先輩万歳!


2013年3月15日金曜日

映画『世界のひとつのプレイブック』68点



色々な人が良い、良いっていうから、どれだけ良いの?
ってな具合に若干ハードルを上げ気味での鑑賞開始。

結果的に、ある意味前評判通り、
アカデミー賞の演技部門全てにノミネートした
豪華キャスト陣の演技力が全ての映画でした。



中でも実際に主演女優賞を受賞した















ジェニファー・ローレンスの輝き振りは最高という
言葉以外見つからないほど、エネルギーが迸る受賞に値する熱演だった。


なんで『ハンガーゲーム』みたいな駄作に出てしまったのか
心から疑いたくなるほどの、痛快・会心の演技!


個人的にはファミレスで切れて、ぶちまけて、
ガラス越しに両手の中指を突き立てるシーンが最高!












先に書いたようにこの映画の評価は良くも悪くも
俳優陣で全て完結している。
つまり、中身よりも彼ら彼女らの方のインパクトが強すぎて
脚本や展開がさほど印象に残らないし、深みを感じないし、
感動も無かった。(僕の場合)



そもそもブラッドレイ・クーパーが、
なぜローレンスをそこまでして愛したのか、
その過程が濃密に描かれていないから、
最後の美しすぎる、絵に描いたような、
逆に絵に描いた感満載過ぎて拍子抜けするほどの
エンディングがスッと受け入れられない。



心に傷を負った二人がわかり合うっていう
王道中の王道のストリーを行った割に
最後のカタルシスがいまいち。
クーパーとローレンスの演技力でかろうじて感動する程度。


そしてそんな状況に追い打ちをかけるのが、
描かれる、舞台となる世界の「狭さ」。
俳優陣の重厚さの割に、彼らが生き様をさらす
「舞台」が小さすぎるから、その演技力を吸収しきれない。
単純に、物理的に、彼ら彼女らが生きている
コミュニティーが狭すぎるのだ。

こういう小さな街の小さな出来事を描き続ける映画なら
やっぱり演技部門全てにノミネートして当然みたいな
レベルの俳優達を使うべきでは無い。
そんな人たちを集めて映画を作りたいなら、
オーシャンズ的な大味なお話にすべきであって、
小さな物語を描いてはいけない。

地味で無名な俳優達を集めて、
心温まる小さな物語を描いて、
「結果的に演技部門全てにノミネートした」っていうことなら
この作品はもっと良いものになるが、
そもそもが、「結果的にノミネートする俳優」レベルでは無いのだ。

ノミネートして当然!という奴らが集まってしまっているから
それが逆説的にこの映画をつまらなくしている。

映画って難しいですね。

っていうわけで、映画館に見に行く価値がある基準となる
70点には及ばず、しかし俳優陣の演技力は抜群!
特にローレンス最高!ってことで68点。
お後がよろしいようで。