注意事項

※素人の戯言なので観賞本数増えるごとに点数は微調しています。悪しからず。
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2019年5月1日水曜日

映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(マーベルファンじゃなくても)90点




ただでさえヒーローごった煮
「アベンジャーズ」シリーズの集大成ということもあり、
20キャラ以上のそれぞれの強固なファンを持つスーパーヒーロー達が大集合。
観終わった今でも全員名前言えない。




















普通こういう場合って、

「いや、俺はそもそもアイアンマンですら1しかちゃんと見てない」
「ハルク?存在は知ってる。」
「キャプテンアメリカ?アイアンマンと喧嘩したのは知ってる」
「あのアライグマって世界観同じところで生きてたの?」
「キャプテンマーベル?キャプテンは一人じゃないの?」

的な知識の変調が著しくなって、たいてい「ついていけないよ!」
ってなるんだけど、この映画が凄すぎるのは、
その程度の限定的な知識の客ですら取り込める面白さになっていることだ。

実際自分自身も「アベンジャーズ」シリーズは何とか鑑賞済みレベルで、
アントマンなんて観ていないし、
ブラックパンサーもヒットしたってことしか知らん、
ヴェノムは出ないの?みたいなレベルだったが、

椅子に着席してしまえば

”これぞドリームチーム!!大集合だぜ!!
見たか悪役ども!!死ねええええええええええ!!!”

感のカタルシス半端なさすぎて、クソたわけニワカでも大興奮できた。
ぶっちゃけ細かいやり取りとか、
おそらくファンにとっては"あるあるネタ”のウィットに富んだ
ジョークも全然笑えないところあったけど、
それでも大興奮できて、
"あの全員集合だぜ!”って瞬間は全然知らんのに鳥肌立った。

だからこの映画はマーベルファンにとっては100点だろ絶対。
超たわけニワカの俺でもこんなに興奮できるんだから、
全シリーズ制覇の本物は失禁してる可能性ないか?

と、同時にアニメ大国日本でもこういう映画作れないの!?
という謎の悔しさすら覚えた。

そして個人的に幸運だったのは、
隣の席のアメリカ人親子(子は小1くらい)の存在。

ヒーロー達が窮地に追い込まれた時、子供は顔を覆って落ち込み、
死ねえええええのヒーロー無双時は親子でハイタッチ&肩組んで大興奮。

エンタメが視聴者を興奮させる瞬間を隣で直視できた。最高かよ!

2018年8月13日月曜日

映画『ウインド・リバー』90点



あらすじは…

ネイティブアメリカンが追いやられた
ウィンド・リバーで、女性の遺体が発見された。
FBIの新人捜査官ジェーン・バナーが現地に派遣されるが、
不安定な気候や慣れない雪山に捜査は難航。
遺体の第一発見者である地元のベテランハンター、
コリー・ランバートに協力を求め、共に事件の真相を追うが……。



凄い映画を見た。
鑑賞後、圧倒的に体力を奪われる映画。














「少女はなぜ死んだのか?」

というサスペンス軸と

「辺境地に追い込まれたアメリカ先住民」

という実話というか現実の
大きく分けて2軸で話が進んでいくのだが、
この映画で描かれている現実は、全く知らなかった。


そんなまさにアメリカ社会の闇とも言える現実を
社会派思想映画になりすぎず、
都市部からやってきたFBI警察官という視点を上手く借りて
悲惨すぎる現実を照らし出し、
良い味出してたFBI警官役のエリザベス・オルセン
アベンジャーズのスカーレット・ウィッチ役














そこにさらにミステリー的要素を織り込みながら、
常に緊張感をキープするサスペンス映画としても成立させるという
超高度な技術で完成された映画だ。


地元を知り尽くすハンター役・ジェレミーレナーの
静かに怒りと悲しみを表現する演技は流石だった














最後の圧倒的迫力の銃撃戦は、
この銃撃戦の緊張感は下手な戦争映画を簡単に凌駕する














冷静に見ると急にフィクション感増したな!って感じはあるけど、
観賞中のリアルタイムでは、
ただただ善人が生き残ることを祈ることしかできなかったので、
充分にフィクションとして成立してるわけだ。

決して派手な映画では無いが、
我々が知らずに生きている重大な社会問題を
上質なサスペンスとして突きつける
非常に素晴らしい観るべき映画だ。

2017年6月3日土曜日

映画『メッセージ』94点


去年観たんだけど、正直初見だと理解しきれず
時間が出来たんで、もう一度噛みしめたら最高だった。

これから「好きな映画監督は?」と聞かれたら
「デビット・フィンチャーとヴィルヌーヴです。」
と答えようと思う。

最近では『ブレードランナー2049』が話題に













予告動画を見ればというか、ポスタービジュアルを見れば
みんな大好き「ばかうけ」と酷似していると
話題になった宇宙船












自動的にこの映画は「SF」というジャンルに区分けされ、
「SF」に前のめりになれないある一定層は
観賞動機を失うと思うんだけど、ちょっと待って欲しい。

この映画は宇宙人が出てくるのでもちろんSFではあるんだけど
それと同時に既存のSF映画とは一線を画す革命的な映画だ。

まず、だいたいの映画は宇宙船が襲来してきたら
向こうから攻撃してくるか、こちらから先制攻撃を行なう。
トムクルーズ主演『宇宙戦争』

名作『インデペンデンスデイ』



















とにもかくにも宇宙人は「侵略者」であり
お決まりの勧善懲悪で、人類は頑張って一致団結して
宇宙人と戦うわけだ。

だいたいほぼ全ての地球侵略型SF映画は
上記の3行で説明できるのでは無いだろうか。

だけど天才ヴィルヌーヴにかかれば、
そんな定型文通りの物語は紡がれない。

そもそも原作は、中国系アメリカ人作家・テッド・チャンの短篇
「あなたの人生の物語」なのだが、
この作品自体がSFのプロが選ぶネビュラ賞、
日本のSFファンが選ぶ星雲賞、さらには、SFマガジンが選ぶ
2014年のオールタイム・ベストSF投票でも第1位を獲得している傑作。

未熟ながら未読なのだが、実はこの原作のタイトル
「あなたの人生の物語」がこの映画を解釈するに当たって
とても重要になると言うことに、最後に気付く。


まず突然宇宙船が地球(世界12箇所)に降りたってきて
みんな混乱しちゃうっていう所までは定型。
こんなのいきなり北海道の大地に出てきたらビビる。










で、ここからの対応がとりあえず自分が今まで見てきた
地球侵略型映画とは大きく一線を画すんだけど、
まずエイミーアダムス演じる主人公の言語学者が
コミニュケーションをとろうとするわけだ。












未知との遭遇が実際に起きたらどうするか?
そりゃそうだ、いきなり攻撃するとか野蛮すぎるし
人類には自らを発展させてきた言語があるわけで。

でもこれって実は並大抵のことじゃない。
そもそも宇宙人に「言語」という概念が無いかも知れないし
あったとしても、その宇宙人にとっての「言語」は
人類にとっての「言語」ではないかもしれないんだから。

あなたが無人島に行って、今まで見たことのない種族に遭遇して
今まで聞いたことも無い言語で話しかけられたとき、
どうやってコミニュケーションをとる?ってことを
この映画は忠実に描くのだ。そんな映画今まであった?

で、ここからが大変。
何ヶ月もかけて謎の円形の文字を手らしきところから
墨みたいなものを発射して伝達してくるタコ型宇宙人。
これを解読する人類。









で、この過程でエイミーアダムスは気付くわけですね。
彼ら(宇宙人)の文字らしきものは円形である。
つまり、彼らには現在過去未来の時間の概念が存在しないと。
円形ってことは始まりとか終わりがないんですよ。

このブログの文章みたいに
「左から右に向かって、上から下に進んでいる」という
時間の概念がそもそも存在しない。












このあたりからこの映画は、
一気に哲学的空気を帯び始めて難しくなっていきます。
実際初見で見たときは脳みそフル回転で見ていても
ギリ置いて行かれるかもって感じでした。
ジェレミーレナーは物理学者役













じゃあコイツらは一体何しに来たんだ?ってことを
解き明かしていくのがこの映画の大きな縦軸になるわけで。
そしてここからがこの映画の真骨頂。

以降、多少ネタバレになりますが、それくらいの予備知識で
この映画観た方が1回で済むって言う考え方もあるので
読者の方に読む読まないはお任せします。

主人公は時間の概念が無いタコ型生命体と接するうちに、
自らも時間の概念が無くなっていきます。
つまり、過去や未来がサブリミナル的に見えてしまうようになります。
未来の自分には女の子が・・・














で、そこで主人公は、ある未来の風景を見てしまいます。
その未来では今タコ型生命体と共に向き合っている
物理学者が自分のパートナーになっているんですね。
”共に研究を進める物理学者が将来の旦那になる”
という未来が見えてくる主人公













しかしそれと同時に嫌な(不幸な)自分の未来を見てしまう。
これはぶっちゃけ宇宙人の話と全く関係ないです。
あくまでも「個人的な」不幸が訪れてしまう未来を見る。
この辺が初見だと何の話なんだろうって思っちゃう所かも。

で、そんな「個人的な」不幸とはまた別に、
彼女が「個人的ではない」”ある未来の風景”を見たことで
タコ型生命体が地球に来た目的を理解し、
人類を救うことにつながっていくんですが
たぶんストレートに侵略系映画のカタルシスを期待している観賞者は、
「なんだよ!これで解決!?」って、
不満をあらわにする宇宙人のアッサリとした撤退ぶりなんですよ。

そんな少しイライラしたあなたに思い出して欲しいのが原題である
「あなたの人生の物語」

そう、これは「あなたの人生の物語」なんですよ。
何いってんだ!とそんな声が聞こえてきそうですが

宇宙人が去ったこの映画の終盤、
エイミーアダムスとジェレミーレナー(「未来」の夫婦)の
2人がある重要な、そして個人的には最もシビれた会話をします。

エイミーは“将来の夫とのある圧倒的に不幸な未来”を観てしまった状態、
ジェレミーレナーはそんな未来のことは何も知らない状態で
この会話をしていると言うことを踏まえて読んで下さい。












エイミー「この先の未来が見えたら、選択を変える?」
ジェレミー「自分の気持ちをもっと相手に伝えるかも」

と、この会話をして、「不幸なことが起きるとわかっているのに」
エイミーは彼と結婚することを「選択」するんですね。
つまり自分が見た不幸な未来を選ぶんです。

しびれますね。
しびれているのは僕だけですか?

もう言っちゃいますけど、タコ型宇宙人が
「3000年後の人類のためにやって来た」
と言っていた目的こそがこれなんですよ。
(と、勝手に解釈して感動してます)

つまり、未来が見えたとしても
そしてその未来が例え不幸だったとしても
(あなたを愛するという)選択は変えない。

という、「あなた(エイミー)の人生の物語」だと。
宇宙人と何も関係ないじゃん!っていう
原作のタイトルの意味がここでやっとわかるわけで。

そして、この人類の「選択力」(=「愛」)こそが、
3000年後も人類が繁栄し続ける大切なことであると。

そんなオシャレな宇宙人未だかつて存在した?
最高かよ。

という、個人的解釈で感動興奮の2度目の観賞ということで
1回見ただけだと雰囲気で85点くらいでしたが
さらに9点プラスして94点とさせて頂きます。


2017年3月1日水曜日

映画『ラ・ラ・ランド』99点



オールタイムベストクラスの一本に出会ってしまった。
だから先に言っておくけど、今回は長くなります。
ごめんなさい。


何回リハしたの?君たち最高だよ!













いや、しかし

「この世界観にもう少し浸らせてくれ!
 椅子から立ち上がりたくない。」

と思ったのは、いつ以来なのだろうか。


この映画には、映画が表現しうる
夢や希望や失望や喜びや悲しみや涙や感動や、
とにかく全ての要素が詰め込まれている。

この圧倒的色彩美も最後まで飽きさせない大きな要因。
つまり、美しいものは何時間観ても退屈しないという真理。













それも圧倒的に切ないにもかかわらず、
圧倒的にポジティブでもあるという、
人はそれを矛盾と呼ぶんだぜと、
そう言われるのはわかっているけどやめられない。
そんな映画だ。

ここまでほぼ何も具体的なことを言えていない
稚拙なレビューで恥ずかしくなって来てはいるが、
それくらい人の心を熱くさせる、高揚させる、
極上のエンターテイメントなのだ。

この映画が往年の名作へのオマージュとして機能しているとか、
ミュージカルシーン編集点全然無いけど
どうやって撮ってんだよとか、
プレビューで酷評されたからチャゼルが全部編集し直して
今の完成形があるとか、そういう本物の解説は
本業のプロの方々の評論に任せておくとして、

観ていない哀れ(とまで言わせて下さいごめんなさい。
それくらい価値のある映画です。)な人々のために
ネタバレレビューはなるべく避けるように書いていくが、

まず個人的にこの映画が圧倒的に素晴らしいと思うのは、

夢見るとか、モチベーション高く何かをするとか、
熱く何かに取り組むとか、必死に粘り強く生きるとか、
そう言うのってダサいっすよ。恥ずかしくないんですか?

という類いの現代病とも言えるノリ
(村上春樹先生に一言で形容して欲しい)
って、そこはかとなく我々の職場だけでなく、
皆さんの生活圏内にも漂っているのを
目にしたり感じたことがあると思うんですよ。

で、そんな中この映画は、
そんなノリを嘲笑うがごとく

「夢を見ること?そんなことは全く恥ずかしくないぜ!」
「夢を見て何が悪い?」

と、圧倒的前面に押し出して、
我々にメッセージとして届けてくれるわけだ。
まさに「夢」の世界!










実はこれって一歩間違うと、
(それを間違いと呼ぶかどうかは、
少し議論が必要だが、ここでは論旨がずれるので無視)
→『騎士団長殺し』を読んでいるので
 ( )を使いたい欲求でとりあえず使っているのだ。

話を戻して、
実はこの圧倒的ポジティブメッセージ映画って一歩間違えると、
逆にめちゃくちゃ見てる側が恥ずかしくなる
(ダサい)映画に成り下がる危険性を秘めていると思うんですよ。

熱すぎる熱血ドラマとか、青春物語って、
いやそれがわかりやすくていいんじゃん!ってノリもわかるんだけど、
ルーキーズとか見てると恥ずかしくなって静かにチャンネルを・・・
って心理状態ないですか?私はあります。

そう、つまり、

「夢を見ること?そんなことは全く恥ずかしくないぜ!」
「夢を見て何が悪い?」

ってメッセージを含んだ創作物って、見てる方からすると、

「いやいや、恥ずかしげもなくそういうこと言うと・・・
 恥ずかしいですよ(少しダサいですよそのスタンス)」

ってなりがちなんですよね。たぶん。

でもこの映画の凄いところは、そういう一歩間違えると
大きなダサさに繋がる真っ直ぐなメッセージを恥ずかしげもなく
前面に押し出しているくせに、
受け取る我々観賞者も全く恥ずかしくならないんですよ。

いや、マジでそうだわ!夢見る事って全然恥ずかしくないよ!
夢に向かって頑張って何が悪いんだよ!

って、「自然に」観賞後、思えるんですよ。
これってとてもシンプルな読後感ではあると思うんだけど、
(悪く言えば、凄くチープで在り来たりな読後感)
なかなかそんな映画って無いと思うし、

恥ずかしながらも同じ映像を扱わせて頂いている身として、
得てして「感動させるぞ~!いくぞ~!」
っていうVTRって9割8分滑るんですよね。
いやいやお前のその振りかぶり恥ずかしいぞって。
感動させようと意気込んでるのバレてるぞって。
視聴者の方は気付きます。だいたい。

だから、そういう真っ直ぐで熱すぎる感動させるぞ-!
って映像表現を見た人々は、見終えた後に
何かしらの「まぁとはいえフィクションだしな」っていう
客観的かつ現実的な思考を脳ミソの奥底には誰もが抱えているので、
観賞後数時間後(持ったとしても翌日朝起きるまで)には
その強烈に受け取ったメッセージなんて忘れてるんですよ。
だってフィクションだから。って具合に。

でも、ところが。

この映画を見終えて数日経った今でも、
そのシンプルな読後感は確実に胸に刻まれているんですよ。

このシーンもあのシーンも胸に刻まれていますけど何か?


じゃあそんな一歩間違えるとクソダサい映画になり得るこの物語は
なぜここまで自分を魅了したんだろう?って考えてみたんですが
その要因はとてもざっくり大きくトピック分けすると、

1.シームレスなミュージカル
2.“一見”矛盾だらけの物語
3.賛否両論のラスト

これに尽きます。と思います。

まず1.から書いてみますが、
個人的にはミュージカルって小学生の時からとても苦手で、
演劇観賞会的なもので、ミュージカルを見させられた時も

帰宅後母親に
「なんであの人はあんなにマジメな場面で歌い出すの?
 そんなことってあり得ないよね?」

というむき出しのリアリズムを展開して、
母親をあきれさせた記憶があるんですけども、
このブログの原点にもなっている『レ・ミゼラブル』(70点)
についての感想でも、恥ずかしげもなくこんな事を書いていました。

何が70点かって、そもそも9割以上が歌なんだよこの映画。
何を今更!ミュージカル映画なんだから当然でしょ、と
突っ込みが入る所なんだろうけど、いや、それにしても歌中心すぎる。

何せ全てが歌だから台詞や内容が頭に入ってこない。
そりゃもちろん、ヒュージャックマン、アンハサウェイ、
ラッセルクロウをはじめとする俳優陣の歌唱レベルの高さには
驚きと共に感動すら覚えたけど、なにせ歌ってるから入ってこない。


という、『ラ・ラ・ランド』に99点を付ける男とは思えない
(そもそもお前何様だよ感すごいぞ。
 若いって文章に勢いをもたらすんだな。)
レビューを残しているのだが、
つまり自分には元来このテンションがあったわけで、
観賞前は当然不信感を持って椅子に座った。

だが、この映画がそんなミュージカル嫌い原理主義者の自分を
魅了というか、アレルギー反応を起こす隙を
一瞬たりとも与えなかった理由というのが
「シームレスなミュージカル」というポイントにある。

このシーンはめちゃくちゃ好き。何回でも観たい。













つまり、この映画は「そこで歌うの?」的、
ミュージカル苦手芸人が陥る「冷めちゃう瞬間」が無いのだ。

全てがその時々のバックミュージック的役割にも見えるし、
歌そのものが、その時の「シーン」として圧倒的に機能しているので、
「いやいやそこじゃ普通は歌わないよ。君頭おかしいの?」
という「ミュージカル、現実に引き戻される問題」が発生しない。




→このシーン、途中でエマが笑うんだけどアドリブなのかな。
 最高に自然で最高にほほ笑ましい1シーン。

だからずっと『ラ・ラ・ランド』の世界の中にいられるのだ。
ここはミュージカル嫌いにとって圧倒的に大きい。


そして、2.“一見”矛盾だらけの物語 だが、
この映画は時代設定が全くよく分からない。
70~80年代のハリウッドかなと思ったらiPhoneが鳴り出す。

そういう時代考証が完全に無茶苦茶な状態で物語は進むんだけど、
その矛盾が矛盾として存在していない(ように見える)。

なんで矛盾と感じないかって、
それは圧倒的クオリティのオープニングに
(数分間の1カットミュージカル)










主役の2人は1秒も出てこないということが重要で、
つまりこの物語の主役は、もちろんエマとゴズリングなんだけど、
彼らも『ラ・ラ・ランド』で夢見た、夢見る人達の一部に過ぎなくて
この映画はそんな“『ラ・ラ・ランド』で生きる人達”から始まるのだ。

だからそんな時代を超えて夢を追い求めて人々がやってくる
『ラ・ラ・ランド』には時代考証なんて必要無くて
そこで、夢を追い、夢に散り、夢を叶えた人達、
全ての人々を描き、捧げる、そんな「夢物語」なのだ。
と、勝手に解釈して震えてる。

チャゼル先輩(俺の1個上でさらに震える)、間違ってらごめんなさい。

だから、そんな序盤から圧倒的クオリティの映像美で
「夢物語」に完全に引き込むことに成功している時点で、
時代の矛盾なんてウンコ。関係ない!気にならない!のだ。


そして、長くなってきて読む人も書く方も疲れてきたところで
3.賛否両論のラスト について。

これは、賛否の「否」を唱えてる人とは、
友達になれる気があまりしないと、
ここに高らかに宣言しておくけど
(そちらもなりたくないであろうから放っておいて下さい)

この映画は、“あのラスト”だからこそ傑作であるのだ。
見た人にはわかる“あのラスト”
あの状況でこの顔出来る?いや、出来ないよなかなか!












ネタバレしないように書くのめちゃくちゃ難しいんだけど、
(以下、若干ネタバレしてるから読みたくない人は離脱を)



“あのラスト”でもし2人が“抱き合っていたら”
この映画は80点くらいの普通の秀作で終わっていたと思う。

しかもチャゼルが憎い、憎すぎるのが、
“あのラスト”に向かうとても大切なストロークに
“あの理想郷的な走馬燈”を差し込んできたことだ。

私は恥ずかしながら(いや、恥ずかしくなんて無い!)、
“あの理想郷的な走馬燈”で、
ゴズリングがガッツポーズしたシーンで泣いたよ。

“あの理想郷的な走馬燈”の冒頭で、エマが乗った車は
高速道路を「降りる」という演出も徹底的に憎い。

「降りた」エマが辿り着いたのは・・・









冒頭の美しすぎる
「夢を追うもの達が渋滞をなす高速道路」を「降りる」のだ。
くー!!!!!チャゼル!!!!!!

くー!!!!!しか書けない自分の背中を綿矢りさに蹴って欲しい。
そして金原ひとみにフィットする形容表現で書き上げて欲しい。

そして、この物語のラストについて最後に書いておくと、
このラストをハッピーエンドと捉えるか、バッドエンドと捉えるかは
解釈が圧倒的に分かれるところだと思うのだけれど、

個人的には、監督が「2人が微笑む」という選択肢をとったことに
とても意味があると思う。

あのまま一度も振り返らず、その姿を目で追うこともなく映画が終われば
それはもう超リアリズム恋愛映画の傑作『ブルーバレンタイン』95点に
(奇しくも同じゴズリングが主演!!)
匹敵する超重量級の顔面パンチを食らって、
3日くらい後遺症を引きずる後味になると思うんだけど、

“あの微笑みのラスト”という着地によって
“圧倒的にポジティブで清涼感あふれる読後感”
を得ることが出来るわけだ。

そんな私はもう『ラ・ラ・ランド』の住人。

この映画をDVDで見る人は確実に人生を損していると断言します。
私レベルで恐縮ですが、断言します。

ちなみにマイナス1点は、「ほんの少し長い」それだけです。


最後に実はもう一箇所涙しそうになった、
終盤エマが歌い上げる『AUDITION』を貼り付け、
このレビューを閉じたいと思います。



どうか乾杯を やっかいな私たちに

大事なのは少しの狂気

夢追い人たちに、乾杯

2017年2月22日水曜日

映画『ハドソン川の奇跡』92点


2009年に実際に起きたUSエアウェイズ1549便不時着水事故、
通称“ハドソン川の奇跡”を巡る事象を巨匠イーストウッド先生が映画化。
実際の現場写真











トム・ハンクス演じる機長が操縦する旅客機が離陸後、
エンジンに鳥が飛ぶ込み、まさかのエンジン停止。
副操縦士のアーロン・エッカートも良い味出してました。














墜落まで残された時間は4分弱という発狂しかねない極限状態で
管制塔からは空港にUターンすることを指示されますが、
圧倒的な経験値からくる彼が下した決断は・・・

早速イーストウッド“先生”と、言いたくなる傑作ですこれは。

批評や説明など必要無い!ビューティフル!
って感じなんだけど、あえて言うのであれば、

「96分」という映画館観賞において圧倒的に歓迎される
おしりが痛くならない「適尺」ながらも、
その内容はというと、決して駆け足すぎたり、
脚本に破綻が来すことは全くない。

ポジティブな意味での「ザ・アメリカ社会」を
リアリティーを題材に丁寧かつスリリングかつ感動的に美しく描き、
さらに読後感は圧倒的に爽快で消化不良感ゼロ!
さらにさらにテンポ感も抜群!
お尻痛くない!トイレ行きたくならない!さすがです巨匠!
個人的にはこのシーンが一番好き。
完全に検察側を論破!最高に気持ちいい!












やっぱり86年も生きないと、
このレベルの脚本&編集技術は身につかないんですかね巨匠・・・

2017年1月14日土曜日

映画『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』95点



圧倒的な緊張感で描かれる新時代の戦争映画。

あっという間の104分。

これは傑作です。絶対に観た方が良いです。絶対に。


これまで個人的に戦争映画のベストは『ゼロ・ダーク・サーティー』(85点)
だったんだけど、しっかりと超えてきた。


内容に関しては貼り付けている予告を見て欲しいんだけど、
この映画が秀逸なのは、

①無人爆撃する側(イギリス&アメリカ合同軍)
②無人爆撃される側(ケニアに潜むテロリスト)
③関係ないのに爆撃攻撃に巻き込まれる一般人

この3つの視点を、どこかに偏ることなく、
完璧な構成とテンポと緊張感を持って、104分の中で描ききっていることだ。


で、さらに映画が秀逸なのは、

この3つの視点をさらに


①イギリス軍諜報機関【現場に指示を出し統率】(ロンドン)
アカデミー賞女優 ヘレン・ミレン
大佐役を演じ、さすがの存在感でした


















②イギリス内閣【攻撃決定権を持っている】(ロンドン首相官邸)
高みの見物と言われても仕方ない構図。














③ドローン操縦&ミサイル発射チーム(アメリカ・ネバダ州)
イギリスにいるヘレン・ミレン大佐から「撃ちなさい!」
って命令される辛い仕事を遂行しなければならない2人
手前はドローンを操作する隊員
奥はミサイルのスイッチを押す隊員



















④映像解析チーム(ハワイ)
※画像見つからず・・・

この人達は一番冷静というか、悪く言うと一番人間味がなかった。

なぜならドローン爆撃した後の惨状を画像チェックして

「はい、死体バラバラですけど、~ってテロリスト死んでます。
 顔かたちの特徴から一致致しました。」

って報告するという、どこにやりがいを見いだせば良いのか
全く分からない仕事を遂行するチームだから。


⑤地上部隊(ケニア・ナイロビ)
『キャプテン・フィリップス』でソマリアの海賊として
存在感放ってたバーカッド・アブディ
スマホでこの虫型カメラを操縦し、テロリストが潜伏する
家の中を覗き見するというハイテク戦争!!
実際にもっと小さい虫型カメラが存在するらしい。

⑥関係ないのに巻き込まれる一般人(ケニア・ナイロビ)
上空2万フィートから圧倒的な命中率で爆撃する














この6つの視点に細分化した上に
ただ、細分化するのではなく、それぞれの立場での
行動・葛藤・苦悩・決断を圧倒的なリアリティーで見せつけてくれる点だ。


名作『ガタカ』の監督が手がけ、似たモチーフの映画に
『ドローン・オブ・ウォー』という良作があるが、














これはイーサン・ホーク演じるドローン爆撃のスイッチを押す軍人が
心を病んでいく様子を「点」で描いたものであった。


一方『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』は、
より多角的に現代の戦争を描ききる。

そしてそこで起きてしまう、人間性を問われる究極の選択。

爆撃しようとしていた最重要テロリスト(2名)が潜伏する家の前で、
(さらに自爆テロ用の大量の爆薬も虫型カメラが発見してしまう)
1人の少女がパンを売り始めてしまう。













しかし、一刻も早く爆撃しなければ、テロリストは逃げてしまうかも知れない。

撃つべきか、撃たないべきか、

1人の少女の命を取るか
テロリストを生かすことで、後々殺戮されてしまう数百人の命を取るか

マイケル・サンデル教授も頭を抱える究極の道徳授業。

お前は命令するだけかもしれねーけど、爆撃のスイッチ押すの俺だぞ!
テロリストを殺すのも俺だし、少女を殺すのも俺なんだぞ!
簡単に押せとか言うんじゃねーよ!!
民間人殺すって分かってて爆撃するの法律違反だろ!

と、憤る爆撃チーム
どっかで見たことあるなと思ったら
『ブレイキング・バッド』のジェシーじゃん!
彼の顔で見せる演技には泣かされた・・・
















「じゃあ、この後テロが起きて数百人が死んでも良いの!?
 法律違反!?どうなの法律担当!」

と、詰め寄る大佐。

この司令部も画面越しで戦争を遂行してるわけで
ちなみに奥の男性が法律アドバイザー。
「私の決断は法律的にどうなの!?アウトなの!?」
って詰められるという辛すぎる仕事。
















そして、

「決定権は内閣にあるのよ!内閣どうなのよ!
 早く決めないと逃げちゃうわよ!」

と、大佐に詰められ
様子を見守ってミサイル攻撃の最終決定権を持つ内閣
だけどこの人達、なすりつけ合って全然決めません















『シン・ゴジラ』ばりの閣僚同士の責任なすりつけ合いコント。

撃つべきか、撃たざるべきか、あなたならどうしますか?
とか言われても困るし、そんな選択肢に迫られる人生、
いくらつまれても送りたくねーよ。
わかってたけど戦争ってとにかく本当に最低最悪だな。
っていう重たい現実をこれでもかと突きつけてくる映画です。

一体どんな結末になるか、是非劇場で確かめてみて下さい。
ただ、デートムービーではありません。

そして映画終盤、
『シン・ゴジラ』ばりの閣僚同士の責任なすりつけ合いコントに
振り回され続けたアラン・リックマン演じるフランク・ベンソン中将が
(この人は軍人の立場として爆撃すべきだという意見)

この人は目の前で閣僚が決めた「撃つ・撃たない」を
電話で大佐に「撃って良いってよ」と伝える役割。
















爆撃反対派に女性閣僚に「あなた方はズルい。臆病だ。」的なことを
言われて、怒りを抑えながら静かに言い放った言葉が
とても印象的だった。そして格好良かった・・・

と、思ったけど、別にカッコイイとかじゃない。
この人の放った言葉は確かにカッコイイんだけど、
そもそもその「言葉」そのものを発さなければならない
現実、状況は全く格好良くないのだ。

でも、彼はあくまでも軍人としての「仕事」をしているだけであって、
その「仕事」上では、圧倒的に正義で有り、カッコイイし、間違っていない。

みな、それぞれ与えられた役割の中で職務を遂行するプロなのだ。

だけど、そんな職務を遂行した後、そこには達成感など一つも無く、
この映画の中に出てくる登場人物の誰1人、笑っていないのだ。

それが戦争・・・




2016年4月16日土曜日

映画『ルーム』93点




2016年4月16日観賞。


ここ最近で観た映画の中で間違いなくベスト。


施錠された狭い部屋に暮らす
5歳の男の子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)と、
母親ジョイ(ブリー・ラーソン)。
彼女はオールド・ニック(ショーン・ブリジャース)によって
7年間も監禁されており、そこで生まれ育った息子にとっては、
小さな部屋こそが世界の全てだった。
ある日ジョイは、オールド・ニックとの言い争いをきっかけに、
この密室しか知らないジャックに外の世界を教えるため、
そして自身の奪われた人生を取り戻すため、部屋からの脱出を決心する。

このあらすじを読んだだけで憂鬱な展開は想像にたやすいが、
あらすじだけでなく、この映画の完成度&表現力の高さによって、
映画の最初から最後まで胸を締め付けられるような気持ちが続く。
母子共に圧倒的な演技力!!














まずこの映画の特徴は、「脱出」が映画のメインでは無く、
前半:「脱出」、後半:「犯罪被害者のその後」という構成だと言うこと。


なので、「悪夢と絶望の日々から脱出した!良かった-!幸せな日々が!」
という在り来たりなフィクション的な展開で終わらせてくれない。


そりゃそうだ。現実はそんなに甘いわけが無く、
監禁部屋しか「世界」を知らない5歳のジャックは、
せっかく脱出できたのに「部屋に戻りたい」と言い出すのだ。
天才子役。お願いだからマコーレカルキンみたいにはならないで欲しい。

















この映画のもう一つの特徴でもあるのが、
終始ジャックの目線で描かれていること。

これは彼の演技力無くして全く成立しない演出だが、
表情、声色、動き、全てが圧倒的にリアルで完成度が高いので
大人の僕らも気がつくと5歳のジャックと同じ目線で
映画の中に入り込んでしまう。
子持ちの親が見たら発狂してしまうんじゃないかってくらい。
この「空」を見た瞬間の表情は完璧すぎて鳥肌止まらず。














そして何よりも個人的に涙腺を刺激されたのはラストシーンだ。

それは母親と死にものぐるいで「部屋」から脱出できたのに、
「部屋に帰りたい」と言い続けるジャックが、
母親と共に様々な困難を乗り越えながらも、
最後に取り壊し寸前の「部屋」を訪れるシーンだ。

そこでジャックは、「部屋」に残された自分が慣れ親しんだ家具に触れ、
「こんなに小さかったっけ?」と言う。

そして、そのあと、一つ一つに丁寧に「サヨナラ」と言う。
というか、彼は少しだけ大人になり、成長したからこそ、
あの時大きく見えていた「部屋」の家具が「小さく」見え、
そして彼はあの頃のトラウマを少しずつ払拭できる強さを持ったから、
「サヨナラ」と「言えた」のだ。

あれだけ「戻りたい」と言っていた「部屋」を構成する一つ一つに
「サヨナラ」を告げることが出来たのだ。自分の言葉で。


そして全てに別れを告げたあと、
母親と共に部屋を出るあのカメラワーク。
鳥肌が止まらなかった。

そこに希望の匂いが、かすかに感じられるからこそ、
この映画は絶望では終わらないのだ。



2016年2月20日土曜日

映画『オデッセイ』90点

2016年2月14日鑑賞。


思ってた以上に最高だった。
巨匠リドリー・スコットが78歳を迎えてまた一つ素晴らしい作品を完成させた。

話としては『ゼロ・グラビティ』的で、
火星探査チームの一人、マッド・デイモン演じるマーク・ワトニーが
任務中の天候不良によって火星に一人取り残される。















・残りの食料は1ヶ月分

・次に宇宙船が火星に来るのは4年後

という『ゼロ・グラビティ』のサンドラ・ブロックも頭を抱える程の絶望的状況。


こんな絶望的状況からどんな展開を予想するだろうか?
普通に考えると

まずテンパって、イラついて、絶望して、少しだけ光が射して、
と思ったらまた絶望して、それでも家族のために・・・
なんてことが渦巻きながら、極限状態の中で人間のありとあらゆる本質が・・・

みたいなドロドロ感満載の高カロリー映画を予想している自分がいた。


ところがどうだ。


映画開始数分で絶望的状況に追い込まれるマッド・デイモンは、
残りの140分弱、火星という地球から数億キロも離れた惑星に
取り残されているにもかかわらず、ずっと“ポジティブ”なのだ。
ポスターに使われているこの顔もよく見たら余裕すら感じる。
ジャガイモ作るビニールハウスを完成させて雄叫び!






























劇中に流れる音楽も含めて全てがポジティブ。
一人でカメラ目線で小粋なジョークすら口にし、
絶望的状況を前に、どんなときでも挑戦的、時に挑発すらするのだ。
「火星よ、俺の能力、舐めるなよ!!」と。

TOKIO顔負けのサバイバル能力。なんと火星でジャガイモ繁殖。














序盤からあまりにもポジティブすぎて、スリルが足りなさすぎないか?と
見ていて不安だったが、あるところからそのポジティブさが心地よくなってくる。

それはなぜかというと、我々が生きる現実世界においても
当たり前と言えば当たり前なのだが、
絶対的不利な状況、絶望的状況、窮地を打破・打開するのは、
結局“知識”と“アウトプット”と“ポジティブさ”と、
少しの“ユーモア=余裕”なのだ。
彼の専門は植物学者。ていうか宇宙飛行士って能力半端ない。














だから、どうひっくり返っても火星で芋作れない俺はまだまだです。


そして、この映画は誰も死なない。
こういう類いの映画で誰も死なないって言うのは、かなり勇気のいる展開で、
フィクションにおける「死」は、良くも悪くもスリルと感情移入を生む。
でも78歳の大先生はそんなものには頼らない。


むしろ一見少し恥ずかしくなるような「仲間」の熱い絆や
自分たちの命の危険を去らしてでも彼を助けると決めた仲間達。













現実世界ではあり得そうも無い中国の協力や、
全世界がマッド・デイモンの生還を祈る構図など、
とにかく映画全体がポジティブで前向きに進行する。
で、そのまま気持ち良くフィニッシュするので、とにかく気持ちが良い。


個人的には『ゼロ・ダーク・サーティー』の時と変わらず
常に正しく、冷静でクールなジェシカ・チャステインも最高だった。


















世知辛さ満載で、殺伐とした世の中に正面切って全力で逆走する
スーパーポジティブ映画、皆さんも是非劇場で。