2014年5月4日観賞。
153分あるが最後まで緊張感を保ち飽きずに見れる。
話としては単純で、自分の娘を誘拐された父親が
なかなか犯人にたどり着けない警察に苛つき、
自ら犯人捜しを始め、自分の解釈で犯人にたどり着き、
拷問し、自白を強要する…みたいな話。
FBIの統計によると、全米で1年間に行方不明になる児童は
何と80万人にも上り、それは1分の間に1.5人が誘拐されている
ことになるらしい。
ということから、この映画の売り文句は、
「もし自分に同じことが起こったらどうする?」
「ひと事じゃない」
みたいな方向性になってくるんだけど、
映画中盤くらいで、その投げかけに対する明確な答えが
スクリーンから迸り始める。
今や良いオジサン代表みたいな立ち位置になりつつある
ヒュージャックマン演じる娘を誘拐された父親は、
わりと早い段階で我を失い、理性を失い、倫理観を失う。
つまり見た目からして圧倒的に犯人面のポール・ダノ演じるアレックスを
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ゼアウィルビーブラッドでも存在感抜群 |
無茶苦茶な拷問にかけて自白させようとするんだけど、
全く持って上手くいかない。
もしかしたら犯人じゃ無いのかも…
いや、絶対に犯人だ!と強く自分に言い聞かせるがごとく、
がちがちのクリスチャンでもある父親は、ことあるごとに神に祈る。
と、同時にこのあたりから頑張ってた親父ジャックマンに
全く持って感情移入出来なくなってくる。
なぜなら無実かもしれない、でも見た目は完全に犯人の
アレックスをあまりにもボコボコにしまくるからだ。
で、そんなことはつゆ知らず、犯人を冷静に追い続けているのが
ギレンホール演じるロキ刑事。
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終始もの悲しい顔なのにイケメン |
あまり詳細に書くとネタバレになるが、
いくら自分の娘が誘拐されたからといって、
証拠も無く犯人を捕らえたつもりになり、
しかもそいつをぶん殴って自白を強要するということは
現在の法治国家において許される行為では無く、
警察の捜査に委ねることがとるべき行動なのである。
とでも言いたいかのように、ロキ刑事は苦戦しながらも
じわじわと真犯人に近づいていく。
暴走に歯止めがきかなくなったパパジャックマンとは対照的に。
で、観賞中も気になっていたのだが、
この刑事は明らかに変な柄の入った指輪をしている。
で、しかもそれが印象に残るような画を挿入してくる。
気になって調べてみたら、
この指輪の柄は「フリーメーソン」のロゴなんだとか。
不勉強で情けないけれども、
これはつまりキリスト教と対を成す意味の象徴で、
彼が冒頭の登場シーンでキリスト教的では無い「干支」について
話していることからも、「キリスト教徒ではない者」の象徴として
この映画に位置づけられていることが分かる。
ってことからわかるように、この映画はアメリカを語る上では
絶対に外すことが出来ない「キリスト教」に関する
ある程度の知識があると無いのとでは多少解釈が変わってくる。
もちろん、と言い切ると無知をさらすようで恥ずかしいけれども、
僕はそんな前知識無しに観てしまっているので、
例え我が娘が誘拐されて、自分の手の届く範囲に犯人がいたとしても
警察=政府に任せておくのが身のため=正解なんだよ!
みたいな「大きな政府最高!」映画だと解釈して観賞を終えてしまった。
だからこそ、最後に新犯人がこれら犯罪を企て、
実行に移した理由がよくわからないままにエンディングに突入し、
映画館全体が若干どよめいたほどの一見「納得いかない」エンディングを
「納得いかない」空気に同調して席を立つことになってしまった。
でも家に帰って冷静になってみると、
結局先に真実に辿り着いたのは「神」を信じたパパジャックマンで、
彼は過ちを犯したものの、結局生きてこの映画を終えることが出来た。
信じる者は救われたのだ。
けれども結局神を信じたパパジャックマンも
アレックスを生死の縁をさまよわせるほどボコボコにしてるわけで、
彼は生き延びても投獄される。
神を信じる者も信じない者も、結局何かに「囚われる」。
この映画に出てくる全ての登場人物達が「囚われている」のだ。
ある者は「神」に、ある者は「自分が信じる正義」に。
そんな二重三重にも様々な要素が入り乱れた評価の難しい映画。
でも何度も言いますが、153分、最後まで見応えあります。