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※素人の戯言なので観賞本数増えるごとに点数は微調しています。悪しからず。

2014年1月4日土曜日

映画『セレステ∞ジェシー』67点


正月休みにDVDで観賞。

知人から『500日のサマー』が好きなら是非観て下さい
と言われてTSUTAYAで借りてきた。


まず、公式HPにはこんな文句が書かれている。


全米の女性から圧倒的な共感を呼び、
わずか4館の限定公開から586館までの拡大公開を成し遂げた、
新たなるラブストーリーの傑作!!


早くも若干の胡散臭さを感じるキャッチに戸惑いながら、
観賞をスタートしてみる。


なるほど確かに、
500日のサマー』が男目線で描いた恋愛映画ならば、

この映画は始まりから終わりまで女目線で描かれいる。

粗筋はこうだ。

学生時代に恋に落ち、そのまま結婚したセレステとジェシーは、
誰もがうらやむ理想的なカップルだった。
しかし、セレステの提案で「永遠に親友でいられるように」と30歳を機に離婚する。
離婚後も隣同士の家で毎日顔をあわせ、親友関係を満喫していた2人だったが、
ある出来事がきっかけで毎日会うことができなくなってしまう。
そうなって初めて、セレステはジェシーの存在の大きさに気がつくが……。


主人公のセレステはバリバリのキャリアウーマンで、
絵描きであるがイマイチパットしない草食系ジェシーを
可愛がりながらも男として、いち人間として若干下に見ている。

直接的に言葉ではそんな感情は描かれていないが、
彼らの関係性(日常会話など)からその位置関係はすぐにわかる。













この二人、離婚が決まっているのにとにかく仲が良い。
あり得ないくらいに仲が良い。













あんたたち離婚するよ!?
そんなに仲良くして頭おかしいじゃない!?


みたいなことを親友に言われる始末。


そう言われた二人は、


なぜ?僕らは別れても親友だからだよ。
嫌いになっているわけじゃないしね。














みたいなことを平然と言ってのける。


だが、映画とはいえ、こんな関係は絶対にあり得なくて、
これ程までに仲が良い場合の男女は、ほとんどの確率で
男女のどちらかが「我慢」していて、
多少なりともの「恋愛感情」が存在している。


この場合は男側(ジェシー)に、その感情が見て取れる。
だから、女側(セレステ)には感情的に余裕がある。

その感情的余裕をさらに余裕たらしめているのが
先述したセレステのジェシーに対する優位性だ。


だが、この関係性はいとも簡単に崩壊してしまう。
ある日、酒の力で二人は夜を共にしてしまうのだ。











翌朝、ジェシーはやはり単純バカな男なわけで嬉しそうに
愛し合ったことを確認するが、
酒が抜けてしまえば優位性の皮を被ったままのセレステは
「過ちだった」の一点張りでジェシーを神目線で拒否。


そしてそれに切れたジェシーは、やはりここも単純バカな男で
出て行ってしまい、音信不通。


男というのはこんなふうに「うまくいった」と思った性を否定されると
自分全否定されたぜ!最悪だぜ!みたいになって
一気に感情が冷めてしまうという性質が無くも無い。


そして優位性を保っていたはずが、
突き放される立場になり、急激に焦り始めるセレステ。


これ以上詳細書くとネタバレになるので避けるが、
ここからはものすごいスピードで男女の関係性が一変する。


上から目線で、どこかジェシーを見下していた
自分の傲慢さを後悔し始めるセレステ。

だが時既に遅し!

みたいな話なんだが、どうも500日のサマー』ほどの爽快感がない。


それはなぜなのか?


決して悪い映画だとは思わないのだが、
そもそも論でいえば、全体に渡って
自分の経験をもとに脚本&主演ってのがやはりどうもきな臭くて、

男に対して上から目線で草食系男子に立場逆転された私…

あの時ちゃんと謝ってれば…
彼をバカにせずに正面から向き合ってれば…

みたいな反省してるふりして、

「その反省してる私ステキ」感が拭えないのだ。


反省してる自分すらキラキラ女子に仕立てあげて
結果的に再び男を見下してない?

って思ってしまう僕はひねくれクソ野郎でしょうか。

この映画を大絶賛する女の子に出会ったら
少し警戒感を持つと決めた僕はひねくれクソ野郎でしょうか。



まぁトータルの感想はそんな感じで、
そういう意味で『ブルーバレンタイン』の方が
よりリアルに、かつ男女の目線をフラットに描けている点で好きです。


さらに言えば、
女子の支持率が圧倒的な映画ってあるけど、

この映画絶賛する女子は、
主人公のような負け方をしたことがあると捉えてよろしいでしょうか?


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