2015年3月1日観賞。
良い映画だった。
評価すべきポイントは大きく分けて2つ。
●単純な戦争賛否映画では無い
●無音のエンドロール
しかしまず、この映画が空前の大ヒットするアメリカという国は本当に奇妙だ。
「アメリカ人は一体どんなメンタリティーでこの映画を観るのか?」
そんな疑問が映画冒頭から終わりまで消化されること無く
イーストウッドは淡々と「史上最強の狙撃手」と呼ばれ、
160人を射殺したクリス・カイルの人生を描く。
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カイル役を演じたクーパーは役作りで18キロ増やしたという |
アメリカ本国では戦争賛美映画だとか、
この映画を批判する奴は極左だとか、
賛否両論渦巻いてるらしいけど、
個人的には、これは全くもって戦争賛美映画ではないと感じた。
まずこの映画は、戦争映画らしい、
「俺たちの軍隊最強だぜ!おらー!!!!」的な
街中で銃撃戦おっぱじめて、敵をランボー的に派手に射殺したり、
爆弾落として街ごと殲滅させたりという軍事的抗戦が
ほとんど描かれていない。
映画の中心は、クリス・カイルが圧倒的な狙撃技術で
女・子供関係なく「イラクの野蛮人ども」を射殺していくシーンなのだが、
(※カイルは終始映画の中でイラク人を「野蛮人」と呼んでいた)
この一見ただのスナイパーものに見える射撃シーン、
実は究極のニヒリズムを抱えている。
そのニヒリズムの正体を解説する前に整理しておきたいのが、
爆弾を手に持ったイラク人の女・子供に照準を合わせたカイルに、
こんなふうに「お前の判断で撃て」と指令が来るシーン。
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なぜ引き金を引かなければならないのか? |
こんな指令を年中受け続けたらそりゃPTSDになって心蝕まれるわ!
っていう「戦争って本当に恐ろしい・・・」という月並みな感想と、
さらにこの指令を受けて女に照準を合わせて、
何とも言えない苦しみの表情を浮かべながらも任務を遂行するカイル。
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アカデミー賞主演男優賞ノミネートと、 演技力の幅を見せつけたクーパー |
当然それを繰り返し、心を病んでいく・・・
というストーリーを見て、「戦争って本当に恐ろしい・・・」という
月並みな感想ミルフィーユがもう一層追加される。
でもこの映画が本当に皮肉的で、
個人的に評価したいのは、そこではなくて・・・
この映画内でもそうなのだが、
カイルは「殺された相手を気の毒に思ったことはないか」と問われ、
毎回明確に「全くない。戦場ですべきことをしただけだ」と答えている。
これだ。
本当に恐ろしいのはこれ。
アメリカ史上最高の狙撃手は、何度も言うように
女であろうと子供であろうと躊躇無く殺す。
なぜならそれは「戦場ですべきことをしただけ」だから。
つまりイラクはアメリカ国民共通の敵であって、
大量破壊兵器を持った「野蛮人ども」であるとカイルは「信じている」からだ。
彼の中での「正義」は、そこにある。
いかに悲しげで苦悶の表情を浮かべても、それでもイラク人を殺す、
なぜならカイルはそれが「正義」だと「信じている」からなのだ。
だけど皆さんご存じの通り、そのカイルが「信じている」
イラクが敵だという根拠=大量破壊兵器は「無かった」のだ。
ただひたすら「国のために」、「9・11」で殺されたアメリカ国民のために、
「9・11」で傷ついたアメリカのために、
史上最高の狙撃手クリス・カイルは、「戦場ですべきことをした」のに、
実はその戦争に根拠や正義は存在しないに等しかったのだ。
そんな現実が明らかになった、今、2015年に
この映画をアメリカ人はどんな気持ちで見ているんだろうか?
大ヒットする国民心理って一体どうなっているのか?
奇妙、奇天烈すぎるアメリカという国。
そして何と言ってもこの映画は、ラストのエンドロールにしびれる。
一部話題にもなっていたが「無音」なのだ。
音楽が無いエンドロールって見た記憶が無い。
映画館は、「お前ら静かによく考えてみろ」と
イーストウッド大先輩にスクリーン越しから言われているかのような
奇妙な静寂に包まれていた。
この静寂は劇場で見なければ味わうことが出来ない。
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